日豊本線  田野 1973年12月26

関西本線の蒸気機関車が廃止された後、どうしても九州や北海道へ行きたいと思っていました。念願かなって中学2年の12月24日、2学期の終業式の夜、寝台急行で北九州へと向かいました。そして、北九州から再び夜行列車で宮崎へ向かいました。そして降り立ったのは晴れ渡った日豊本線田野でした。そこは広々とした田園地帯をC57が貨物から、客車急行までを牽引する夢のような世界でした。

501レ急行「みやざき」で田野に降り立ったのは6時33分。晴れ渡った空の下、気分よく日向沓掛方面へと向かいました。駅の方から大きくカーブしてくる場所で貨物列車をねらいました。
シャッターが一瞬遅くC57が影に入ってしまいましたが、真っ白な煙をはきながら目の前を通り過ぎていきました。C57 187

下り特急「彗星1号」が終着都城目指して走り抜けていきました。
DF50 531
広々とした南国の田園地帯を長い貨物列車がゆっくりとのどかに走っていました。

いったん田野駅に戻ると先ほどの貨物列車が駅で止まっていました。
C57 39
田野駅を通過するDF50牽引の上り特急「富士」
---8ミリカメラ(フジカシングル8)からの取り込み---

昼からは青井岳方面に歩いて撮影する場所を探しました。
築堤を行くC57 39牽引の貨物列車

田野での最後の写真となったC57牽引の貨物列車
少し傾いた太陽を背に列車は北へと走っていきました。

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